「何?隆崇が来たとな?」

西王母せいおうぼは鏡台の前で眉を顰めた。
華国の少女を送り込んでから既に十日。その間、特に押しかけてくる気配もなかったので安堵していたのだが。
仕方なく、化粧もそこそこに、彼女は堂奥どうおうを出た。長い髪と裳裾すそを女仙に持たせ、わざとゆっくり回廊を歩いていく。案の定、どたどたと喧しい足音がして、止める女仙たちを振り払うように大男が顔を出した。

「遅い!」
「ほほ、女仙は身嗜みが命じゃ、武陵王」
「厚化粧の間違いだろう」

西王母のこめかみが一瞬引き攣ったが、すぐににこやかな表情に戻った。
傍に控える女仙の一人に向き直る。

「とにかく座って話し合った方が宜しかろう?これ、麻姑まこ、茶の用意を致せ」
「要らん」
「黙りゃ。妾が要るのじゃ、この田舎猿」

冷ややかに告げてから、また緩々と歩き始める。不満そうに隆崇が鼻を鳴らした。
結局二人は、最初に隆崇が通された部屋に腰を落ち着け、香ばしい茶の匂いの中、不本意な会談をすることになった。
眉間に皺を寄せて茶器を睨みながら、隆崇が口火を切る。

「余計な事をしやがって」
「何の事じゃ?」
「何の事も糞も、ひとつしかないだろうが。あんな色気より食い気みたいな小娘を送り込んでくるとは、どういう了見だ」

今にも噛み付きそうな勢いである。

「俺の政に文句があるか?」
「文句はないの。じゃが、貴殿に不満がある」
「ほぅ?」
「苑墨殿にも泣き付かれての。妾とて、この手でみことのりを出した王が、そうも頻々と妓楼に出入りしておると、いつ失政を始めるか不安でならん。そこで、そろそろ貴殿にも腰を落ち着けてもらえぬかと思うての。そこに丁度あの小娘…じゃない、あの娘子むすめが不憫にも父親に捨てられて困っておったので、これは良縁と思い苑墨殿と話をつけたのじゃ」

堂々と言ってのけて、茶器を手にする。
勿論、後半は嘘八百であるが、そんな事はおくびにも出さない。この程度の腹芸なら、不老不死の女仙として悠久の時を生きてきた西王母にとってはお手のもの。眉一つ動かさない。
もっとも、それも信じる気のない相手にはまったく通用しない。隆崇はいすの背に凭れ掛かった。

「まあ、話三割に聞いてやるが、はっきり言って迷惑だ」
「何故じゃ?」
「あのな。言っておくが、女なら誰でも食指が動く程、俺も趣味は悪くないんだ。あんな俎板みたいな胸の子供を押し付けられてもいい迷惑だ」
「おや、山猿にも好みがあったか。それは失敬したの」

袍袖そでで口許を覆い、軽く西王母が笑い飛ばす。
根本的に性格の合わない二人では、意見が食い違うどころか、はっきり言って会話にもならない。

「良いから引き取れ」
「おほほほほほ。返品不可じゃ」
「にゃろう…」

西王母は、やれやれと言った感じで、肩を竦めた。

「王の離縁は民に厭われるえ。諦めて養っておやり。その内、気が変わることもあろうからのぉ」





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